東京高等裁判所 昭和26年(う)4981号 判決
被告人の控訴趣意第一点(事実誤認)及び弁護人の控訴趣意第二点一(事実誤認)について。
原判決が第一事実として、被告人が日本無尽株式会社足利支店に外交員として勤務中昭和二十三年十月頃小野アイから掛金の借用方依頼され、その借用証書に押捺するため保証人なる足立享一から認印を預り引続き保管していたが、偶々実父名義で十五万円を他から借用するに当り、その保証人として右足立享一名義を冒用せんとし、その書類作成上同人の印鑑証明を必要とした為、昭和二十四年九月十四日頃足利市役所において、行使の目的を以て足立享一の氏名を冒書してその名下に前記印章を冐捺し、自己を代理人とする印鑑証明下附の委任状一通を偽造し之を当該係員に対し恰も真正に成立したものの如く装つて提出行使した事実を認定し、証拠として小野アイ足立享一の証言及び昭和二十四年九月十四日附足立享一名義の委任状謄本を挙示しているが、被告人が右小野アイから日本無尽株式会社足利支店無尽掛金の借用方を依頼され、その保証人となつた足立享一から認印を預つている事実関係の下では、被告人としては足立享一の代理人として右無尽会社との間に右小野アイの保証人として保証契約を為す権限があり、従つてその前提として、右保証契約に必要な印鑑証明下附の手続を為し公正証書を作成する権限もその中に包含せられるものと解するを相当とすることは所論の通りである。而して原判決が証拠として挙示した昭和二十四年九月十四日附委任状謄本によれば、足立享一が被告人を代理人として足利市長に対して印鑑証明書一通の下附を受けることを委任する趣旨だけが記載されているに過ぎず、実父名義の金員借用につき右足立享一名義を冐用することを窺わせるに足る何等の記載もないから、被告人が右委任状により交付を受けた印鑑証明書一通を原判決認定のような不正の目的に使用したとしても、右印鑑証明書の下附を受けること自体、従つて足立享一名義の右委任状を作成すること自体は、前記の理由によつて、被告人の権限内の行為と解し得るのである。従つて原判決認定のように、足立享一から小野アイの保証人となるために必要な手続を為すことを依頼された事実関係が存続していたものとすれば、被告人が実父名義の借用証書を作成するに当り、足立享一名義を冐用したことが犯罪を構成することはあつても、その前提手続として足立享一の代理人として委任状を作成して印鑑証明書の下附を受ける行為自体は犯罪を構成しないものと解すべきである。尤も若し右足立享一が被告人に対する右依頼を解約した後、被告人が預つた同人の印鑑を返還しないで、右委任状を作成したものとすれば、解約により権限消滅後に作成したこととなるので、右委任状の私文書偽造罪を構成することとなるのである。原審挙示の証人小野アイ、同足立享一の証言中右解約の事実を窺わせるような部分もないではない。しかし原審の同証人等に対する尋問その他の審理はこの点を確定するに足るだけ十分に尽されていないので、そのいずれであるかを確定するに不十分である。
以上説明のように原審には、第一事実に関し、審理不十分にもとずく事実の誤認又は法令適用の誤があり、判決に影響を及ぼすことが明かであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。